「人は限界を越えるとき(臨界点にある時)に笑う」んだって。

笑いを研究したベルグソンがそう言った、と、昔聞いたことがある。 

「人間はその限界を越える時、臨界点に達したときに、思わず笑う」という内容だ。

いま、記憶をたどって、ネットを調べるくらいでは、その言葉の原点が、見つからない。正確な言い方も、見つからない。

とにかく、それを聞いたときに、なるほどと感嘆した。私の理解で記憶した。

そして、確かにそうだな、これのことだな、という場面に、最近、数回遭遇した。

ある時、話している相手が、笑った。何も可笑しくない、むしろ哀しい。たぶん、その人の怒りの記憶と自己肯定感の、バランスが崩れた。だから、その人は笑った。思い出であっても、我慢の限界を越えたのだ。

また別の時。とあるプロジェクトチームが、緊張と集中の連続で、追い込みがピークに達した。すると、誰が何を言っても、皆が笑う。何かに皆が笑い出す。些細なことに吹き出す。言葉が最後までいかずに、笑い転げる。そんな感じだ。

本当に、限界、臨界点に達した時に、人は笑い出すのだな、と思った。

今日、私は、ある職員の相談を受けて、切った後に笑い出した。笑いながらmailで確認の文章を打った。可笑しいことは何もない。私のある感情が、限界を越えたのだ。(笑)

「黄色のない青、オレンジのない青。弟よ、それは僕にとっては青ではないのだ」

ゴッホ。弟テオに書いた手紙の一文。

ゴッホを語ろうとするとき。テオを主人公にしたら、どんなに面白い物語りになるだろう。

と思う人は、たくさんいるらしく。
実際に、コミックで、テオが主役のがあった。カッコいいビジュアルのテオだった。

また。ゴッホを描こうとするとき。その才能評価への不遇と、本人のそれでも描いていく姿を中心にしたら、どんな表現になるのか興味がわく。

そう考えた人は、たくさんいて。
イギリスのTVドラマ『ドクターWHO』で、描かれていた。私は、ドキドキしながら見て、ゴッホと一緒に泣いた。

天才の人生というものを考えたとき。
時代の無理解と反対にそれを分かってくれる人がいる、とか。破壊と創造とか。嘲笑と想像力とか。悲劇と幸運とか。

そんな対極の言葉が、思い浮かぶ。

プログラムのセルフイメージを高める声とセリフ

何度も、アイススケート全日本選手権の、アイスダンス、そのビデオを見ている。

私は高橋組を応援していた。高橋大輔が好きだから。

しかし、小松原組のフリーダンスを見て、ハッとした。

その音楽に、NHK杯までは、入っていなかった声による語りが、突然、組み入れられたのだ。

夏木マリが、その声で、セリフをいう。
声といい、台詞の言葉といい、語り方といい、すごい。声による音楽。声の説得力。声の力。

その声と台詞だけで、この小松原組のフリーダンスが、崇高で、ドラマチックで、そして『優勝者のプログラム』になったのだ。

滑るものも、見るものも、統括しようとするものも、その印象は最高レベルに引き上げられた。

あるのだ。
プログラムを、作品を、プロジェクトを、最高唯一に引き上げるセルフイメージ、それが確立するときが。

コロナだ地震だ世の中は大変だが、私は脱毛を考えている。

ドラマを見たら「日本沈没

ニュースを見たら「地震」「富士山の噴火」とは関係ない。

スマホのアンケートは、アメリカの偉いそうな大学生のなまえで、コロナに冠するアンケート。

それなのに私は、スマホに入る邪魔なCMに、目をとめて考える。

脱毛か~。ホントにその値段で終わるの?ホントに一回切り?口周りを、どうにかしたいよね~。

アスリートでもありスターでもある選手

寝不足と、涙と、もらい泣きと、評論と、なんて日々があと少しで終わる。
数日前だったか、友人といった近所の温泉お風呂屋さんで、高橋や町田や羽生のことを話していたら、隣から知らない人が割り込んできた。それほど、オリンプックは共通の話題だ。
そこにいた裸の女性全員で、浅田真央はどうなるかと(その時はまだ女子の競技は始まっていなかった)、そんな話題で盛り上がった。みな、勝手なことを言っていた。
昨日帰宅した夫が、飲み屋で隣のおじさんたちでさえ、真央ちゃん真央ちゃんと話していたよ、と報告してくれた。
スターだよ、やっぱり。
良くも悪くも評論されて、たまに批判されて、自分たちの気持ちを乗せられて、見る人がかってに何かをその選手の成功不成功にかけられて、思いをのせられて、期待をかけられて。
勝っても負けても、皆、その選手を見る。
メダルを取った選手よりも、その選手を話題にする場合がある。
これこそ、つまりはスターだ。
スポーツ選手には、時にそんなアスリートが出現する。

セブでもらった風邪

セブにいると気に風邪を引いた。なにしろほぼ一日中、学校も宿舎も同じ場所で、朝食から夕食まで、同じメンバーといる。
すると誰かが日本で風邪を引いてやってくると、潜伏期間を経ようが経まいが、とにかく誰かに移る。いや、移す(笑)
運動もせず、がり勉状態の私は、免疫力も下がっているはずだ。いま。がり勉と書いて、ちょっと嬉しいわたし。
で、風邪をもらったらしく、熱が出て咳がでる。薬を飲んで、かまわず授業に出る。二週間近くも風邪ぎみだった。今度は私が誰かに移しているはずだ。ごめん。
しかし、卒業スピーチは、これで受けた。
先生が私に勉強を強いて、力ずくで教え込み、やたら宿題を出すから、私はストレスかかって、病気になった! と。 スピーチを聞いた教師たちは、涙を流して笑っていた。
もちろん前後に感動をちりばめたから、卒業式での教師の泣き笑いは、さらに盛り上がった。
だが罰が当たって、帰国してからも、いまだ咳が続いている。

セブの聖バレンタインデー

今日は私の英語短期留学の最終受講日で、かつ卒業式だ。
だが世間的には、つまりセブ的には聖バレンタインデーである。
卒業式のことでも書こうかと思ったが、吹っ飛んでしまった。
日本のバレンタインデーを想像してもらっては困る。全然違う。カソリック国であるフィリピンでは、先ずは、本当に聖なる日である。そして、男性でも女性でも、何方からも「ハッピーバレンタインデー」と声がかかる。
で、学校指定のいつもの夕食の食堂、ビルの最上階にいったら、何処かの学校がプロムをしている。絢爛豪華なドレスを着たレディーたちと、タキシードっぽい服を着た男性たちが、ホールいっぱいでダンスパーティーだ。大音響で。
風船だの何だののデコレートがすごい。
眺めのよいテラス席には、沢山のセブカップルたちが、ロマンティックな食事をしている。
何だここは、結構なレストランなんだと、ビックリした。
何しろ、金曜日だし、学生もセブの教師も、今日は皆で、どっかにハッピーバレンタインの宴会に繰り出している。夕食の席にさみしく来るのは僅かな人数だ。
私は風邪で咳がとまらず薬も飲んでいるし、もう一人の女性は親知らずを抜いたばかりで酒も何もムリ、という人さけ。笑
ま、これはこれで、彼女とじっくりといい話ができた。なかなか、聞けて良かった話だった。